2018/03/06
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 氷見線は中越鉄道により1900(明治33)年に高岡−伏木間が開業した。この時、能町駅、伏木駅が開業した。1912(明
治45)年4月4日に伏木−島尾間が開業し、雨晴駅、島尾駅が開業した。同年9月19日に城端−氷見間全線が開通し、氷見駅
が開業した。
  1916(大正5)年に高岡中学校(現富山県立高岡高校)
高岡工芸学校(現富山県立高岡工芸高校)の学生のみ乗降の駅として中
川停留場が開設されたた。1920(大正9)年に国有化され、中川停留場は一般駅に昇格し越中中川駅となった。1953 (昭和
28)年7月1日に海水浴客のために越中国分駅が開業した
1987(昭和62)年4月1日に国鉄が分割民営化されてJR西日本
の路線となった。
 昭和40年頃は高岡−能町間が水田地帯を走り、能町−伏木間が工業地帯を走り
伏木−越中国分間が水田地帯越中国分−島尾
間が海岸線を走り、島尾−氷見間は畑の中を走った。現在は沿線は宅地化され、水田は僅かにしか見ることができない。
 駅は、高岡(たかおか)、越中中川(えっちゅうなかがわ)
、能町(のうまち)、伏木(ふしき)越中国分(えっちゅうこくぶ)、雨晴
(あまはらし)、島尾(しまお)、氷見(ひみ)の8駅で営業キロ数は16.5km。  運賃は18.2kmの換算運賃が適用される。

 政府の整備新幹線問題調整会議が2010年3月25日に国土交通省で開かれ、JR西日本の佐々木隆之社長が氷見線や城端線
など北陸線の枝線の利用者が大幅に減少しているデータを提示し「地方ローカル線問題は大きな経営課題。対処方針を考えていき
たい」と指摘した。佐々木社長は、枝線の存廃も合め、自治体や地域住民らと意見交換していきたいとの意向を示した。
 JR西日本が会議で示したデータは、北陸線と枝線6線の1988(昭和63)年と2008(平成20)年の利用者数を比較して
おり、城端線は40%減、氷見線は約50%減などと軒並み半減している。
 佐々木社長は会議後、枝線について「ローカル線をどうするかは経営の問題の一部」と前置きした上で、地域によっては、鉄道
からバス路線に切り替えた方が利便性が高まる可能性があると指摘。「そういうことを合め、交通をどうしていくのがいいのか地
域と話をさせてもらいたい」と述べている。

 氷見線の乗客のほとんどが高校生で、50%の減少は高校生が少子化による高校生の減少48%とほぼ一致している。
 氷見からは海老坂越えの国道160号線と海岸廻り国道415号線の2本の幹線道路が高岡市に通じている。ここにきて能越自
動車道が開通して乗客は減る一方、平日、日中の氷見駅の乗降客は数えるほどしかいない。
 日中の公共交通利用は乗り換えなしで高岡市街地や北陸新幹線新高岡駅へ行ける、石川県境付近から走ってくる加越能鉄道の路
線バス利用に移っている。加越能バスの料金値下げで高岡駅−氷見駅間はバスの方が安くなった。
 かつて行商の魚売りや、大勢の海水浴客を運んだ氷見線も終焉の時が近づいているのか。


高岡駅
 たかおか  北陸の駅・高岡駅

  氷見線ホームは最も北側の7番線から発着する。折り返し列車は7番線に到着するが入庫回送列車は6番線も使用する。高岡を
出発した列車は、しばらく駅構内を走った後、左へ大きくカーブして北陸本線と別れ、約3分で最初の駅、越中中川に到着する。
 2015年に駅は、あいの風とやま鉄道に移管され、氷見線の乗車券はあいの風とやま鉄道の券売機や窓口で購入する。


  
 

高岡駅7番ホーム
 

7番線のキハ40形氷見行き
 

7番線のキハ40形氷見線終列車
 

高岡曳山まつり 5月1日  
 

瑞龍寺 国宝の仏殿  
 

越中中川駅 えっちゅうなかがわ  北陸の駅・越中中川駅

 越中中川駅は、高岡高等商業学校の生徒の通学のために作られた駅で、現在では、
富山県立高岡高校富山県立高岡工芸高校

高岡龍谷高校
生徒が利用する。利用者のほとんどが学割定期の高校生で、利用者は多いがほとんどが高岡からの1区間の利用で
あり、氷見線の採算性にはあまり寄与していない。
 高岡高等商業学校は戦後、富山大学経済学部に引き継がれたが、校舎は富山大学工学部となった。工学部が富山市五福へ移転後
高岡高校の新校舎が建てられ、旧校舎敷地に高岡市美術館建てられた。
かつては高岡向陵高校の生徒も利用したが、駅から遠いた
めスクールバスに移っている。
定時制の高岡志貴野高校は高岡駅前のウイングウイング高岡へ移転した。
 高岡古城公園、富山県高岡文化ホール、高岡市美術館が近くにある。


  
 

ペイントされた駅舎  
 

県道44号線からホーム
 

発車したキハ40高岡行き
 

高岡古城公園池之端の桜 4
 

高岡古城公園動物園前の紅葉   11
 

能町駅 のうまち  北陸の駅・能町駅

 
能町駅は島式ホームの無人駅で、駅舎側ホームが高岡行き、反対側が氷見行きになっている。廃止されたコンテナ基地跡が広々
と残っている。
  駅の伏木駅側に高岡往来踏切がある。○○往来踏切は江戸時代からの旧道の場合が多く、ここは旧北陸道の放生津街道が通って
いた。踏切から西へ行くと万葉線の新能町駅へ、東へ行くと万葉線の能町口駅を経て、古い町並みが続く吉久地区へ出る。


  
 

取り残された感じの島式ホーム    
 

到着するキハ40形氷見行き
 

高岡往来踏切   
 

万葉線米島口車両基地  
 

旧北陸道放生津街道吉久の狭格子 
 

伏木駅 ふしき   北陸の駅・伏木駅

 
小矢部川の鉄橋を渡り工場地帯の中を走ると島式ホームの伏木駅に着く。駅前は駅舎以外まったく昔の面影がなくなった。駅前
の坂を登ったところに雲竜山勝興寺がある。また駅から500m高岡寄りに万葉線の中伏木駅を結ぶ如意の渡しがあったが200
9年8月に万葉大橋の開通とともに廃止された。


  
 

伏木駅舎    
 

島式ホーム    
 

発車したキハ40形氷見行き
 

万葉埠頭のクルーズ客船飛鳥U  
 

高岡万葉歴史館  
 

越中国分駅 えっちゅうこくぶ  北陸の駅・越中国分駅

 伏木の町並みを走り、町並みが途切れた所に片面ホームの無人駅越中国分がある。ここは氷見線全線開通後、昭和になってでき
た駅で最初から無人駅だった。利用者のほとんどが富山県立伏木高校の生徒。国分浜海岸は夏、大勢の若者たちがウインドサーフ
ィンや水上バイクを楽しむが、海水浴に列車を利用する人はいない。
 駅の雨晴寄りに温泉施設越乃庭がオープンして、日帰り入浴は600円で宿泊も可能だが、残念ながら天然温泉ではない。越乃
庭から越中国分駅ホームへの出入り口も新設されている。


  
 

越中国分駅全景   
 

到着するキハ47形高岡行き
 

温泉施設越乃庭   
 

富山県立伏木高校  
 

氷見線列車から国分浜海水浴場  
 

雨晴駅 あまはらし  北陸の駅・雨晴駅

 ペイントされ昔の面影がすっかりなくなった雨晴駅舎。高岡方面の2番ホームの直ぐ裏が海でテトラポット(波消しブロック)が
見える。海に近い駅のひとつ。雨晴駅近くの海岸は冬晴れの日には大勢のアマチュアカメラマンで賑わう。特に日の出はすばらし
い。雨晴を訪れても立山連峰が見られない日が多いため、駅前に記念撮影用のパネルが設置されている。
 越中国分駅側に源義経が雨宿りしたと伝えられる雨晴岩や女岩の観光スポットがあるが、雨晴−越中国分間に踏切が無かった、
高岡市とJR西日本は2015年6月に警報機遮断機付きの正式な歩行者専用踏切が設置された。


  
 

雨晴駅舎   
 

構内踏切  
 

雨晴駅ホーム  
 

雨晴海岸の景勝地 義経岩と女岩   
 

駅前の立山連峰パネルの「日の出と気嵐」  
 

島尾駅 しまお   北陸の駅・島尾駅

 かつての面影が全くない無人駅となった島尾駅、春には綺麗な花を咲かせる藤棚が唯一残ってる。海水浴シーズンも車を利用す
る人がほとんどで氷見線を利用するのは中学、高校生のグループのみ。交換可能駅だったが、今は片面ホームとなっている。
 駅から西へ約1.5kmの所に国指定史跡の柳田布尾山古墳がある。日本海側最大の前方後方墳で1998年10月に発見されて
いる。



 

島尾駅舎   
 

島尾駅ホーム  
 

発車したキハ40形氷見行き
 

島尾海岸からの薬師岳  
 

柳田布尾山古墳  
 

氷見駅 ひみ   北陸の駅・氷見駅

 現在ほとんどの列車が5〜8分の停車で折り返している。以前は氷見駅に列車が到着すると高岡行きの列車が待っていたような
気がする。毎年10月に氷見魚まつりが漁港魚市場周辺で行われる。氷見は「きときと」の魚が味わえる町として全国的に有名。
特に寒ブリシーズンの冬季の休日には多くの観光客が列車で訪れる。
 道の駅「氷見番屋街」へは多くの観光客がバスや自家用車で訪れるが、氷見駅前からもコミュニティバスが連絡する。駅から西
へ約1kmの所に朝日山公園があり、氷見市街地を一望することができる。桜の名所で開花時には大勢の人が訪れる。公園内の国道
160号線沿いに富山県立氷見高校がある。氷見にはもう1校、有磯高校があったが少子化で氷見高校に統合され、校舎は氷見市
役所に転用されている。



 

氷見駅舎  
 

氷見駅ホーム 
 

停車中のキハ40形高岡行き
 

朝日山公園から氷見市街地と能登半島 
 

道の駅「氷見番屋街」 
 

朝日山公園の桜と氷見高校 
 

有磯高校の校舎を転用した氷見市役所