2016/08/17 更新
  
 浅野川線は金沢市の北鉄金沢と内灘町内灘を結ぶ6.8kmで内灘町周辺は金沢市のベッドタウンとして振興住宅団地が増え続
けているが、金沢市の道路事情は富山市に比べても非常に悪く、特に内灘方面からは国道8号線を横断しなければならなく大変で
あり、電車通勤をする人も多い。現在元京王電鉄の井の頭線を走っていたステンレス製の冷房車8900系、8800系で運行さ
れており、冷房化率100%である。コンクリート枕木、50kgレールで路盤は整備されているが急カ−ブが多く、いたるとこ
ろに35km制限があり、スピードは出せない。車両基地は内灘にある。かっては内灘の先粟ヶ崎海岸まで路線があったが廃線跡
は住宅が建っている。 6.8kmの間に10駅あり、駅間距離平均は618mで路面電車並である。

北鉄金沢―七ツ屋―上諸江―磯部―割出―三口―三ツ屋―大河端―北間―蚊瓜―粟ヶ崎―内灘    緑字=金沢市  青字=内灘町


粟ケ崎−蚊爪間の大野川鉄橋を渡る8900系内灘行き


 浅野川線は「北陸の材木王」といわれた金沢の平沢嘉太郎が免許を取得した浅野川電鉄が1925(大正14)年5月10日に七
ツ屋−新須崎間が開通した。北陸線との立体交差があるため遅れていた金沢駅前−七ツ屋間は翌年の5月18日に開通した。沿線
人口が稀薄で利用が伸び悩んだため終点に娯楽施設を建設し利用客を増やすことにした。
 平沢嘉太郎の個人事業として開設された粟ヶ崎遊園は「北陸の宝塚」とうたわれた大遊園地で、1925年(大正14年)、内灘
町と金沢市にまたがる砂丘地に兼六園の2倍近い198,000uの敷地に1000人収容の大劇場をはじめ 100畳敷の大広間
や大浴場、料亭、洋食堂、遊技場、動物園、野球場などが当時35万円を投じて建設された。宝塚同様、少女歌劇団による、レビ
ューが人気を博し、粟ヶ崎遊園の最大の呼び物となった。砂丘に広がる「コドモノクニ」には全国屈指の長さを誇る全長72mの
大山スベリ台があり、動物園や遊戯場とともに子供たちの人気を集めが、1941(昭和16)年、第2次大対戦で軍の施設徴用に
より惜しくも閉鎖された。
 粟ヶ崎遊園までは徒歩またはバスで連絡していたが1929(昭和4)年7月14日に新須崎−粟ケ崎海岸まで全線が開通した。
実際は粟崎遊園(現内灘)が終点で粟崎海岸まで7,8月の海水浴シーズンのみの運行だった。
 戦時下の私鉄統合によって北陸鉄道が設立された。統合の際条件を不服として加わらなかった浅野川電鉄も1945(昭和20)
年10月1日付で合併された。戦後、内灘海岸はアメリカ占領軍の演習場となり、浅野川線にも進駐軍専用線が設けられた。占領
軍が撤退した後昭和35年に進駐軍専用線を使い粟ケ崎遊園前駅を100m海岸側へ移転して現在の内灘駅が作られた。
 内灘−粟ケ崎海岸は海水浴場の閉鎖により1974(昭和49)年6月29日に廃止された。浅野川線は小型の旧型電車が走って
いたが、1996年の1500V昇圧時に京王電鉄井の頭線の3000系に全て置換られた。北陸鉄道では8800系、8900
系となっている。この時、沿線各駅のホームが嵩上げされ、待合室や上屋が新設されている。2001年3月28日に北鉄金沢−
七ツ屋間が新線に切り替えられ北鉄金沢駅は北陸初の地下駅となった。線名の通り七ツ屋駅から蚊爪駅まで浅野川に沿って走る。


内灘駅に停車中の8900系北鉄金沢行き

蚊爪駅へ到着する8900系北鉄金沢行き

上諸江駅を発車した8800系北鉄金沢行き


 浅野川線の車両はモハ8901+モハ8911、モハ8902+モハ8912、モハ8903+モハ8913、モハ8801+
モハ8811、モハ8802+モハ8812の5編成で8800系も元京王電鉄井の頭線の電車であるが、8900系との違いは
ドアが片開きなのと車体の幅が狭く、裾にRが無い。

 内灘に運転免許センターがあり、バスの乗車券とセットになった往復乗車券が発売されている。駅間距離が短いためスピードは
遅い。
 休日の電車でもほとんどが北鉄金沢―内灘間の乗客で途中駅の乗降は上諸江、割出以外は少ない。唯一の行き違い駅の三ツ屋
で列車の行き違いが行われる。内灘は完全に金沢のベッドタウン化されており、宅地造成は海岸線にまで迫っている。海岸付近で
は「海付きの1戸建て」のキャッチコピーが目に入った。粟ヶ崎の手前に大野川の鉄橋があり、鉄道雑誌などに載る浅野川線の紹
介写真はほとんどこの鉄橋を渡る電車である。


大野川鉄橋を渡る8900系電車
   

北陸鉄道バス医科大病院線の大型バス
    

金沢医科大学と付属病院
   


 内灘駅からの医科大病院線は内灘大橋を渡った先の宮坂地区に石川県住宅供給公社により、白帆台ニュータウンが建設されバス
路線も一部延長され、写真のバスは「金沢医科大学・白帆台ニュータウン」となっている。内灘駅で降りた乗客の大部分が乗り込
むため、日中も写真のような大型バスで運行されている。途中の新興住宅の人も多く利用するので終電ひとつ前の22時32分着
も22時34分発の医大病院行きに接続している。2016年8月時点で白帆台ニュータウン行きは朝晩4本のみとなっている。
23時17分着の終電はバスに連絡しない。


浅野川線の駅    駅名をクリックすると北陸の駅にリンクして表示します。

北鉄金沢 ほくてつかなざわ 櫛形2面ホーム 駅員配置
 

地下駅であるが駅のすぐ横は開放空間になっていて小公園が造られており、そこからJR系の商業ビル「金沢フォーラス」が見え
る。駅の前はイベント広場になっている。


北陸初の地下駅 改札口

発車を待つ内灘行き列車

駅前から「金沢フォーラス」



七ツ屋 ななつや 片面ホーム
  
ホームには上屋はなく、待合室が設置されている。駅近くには北陸鉄道のバス営業所がある。


待合室のみの七ツ屋駅ホーム

七ツ屋を発車した8900系内灘行き  

堀川新町歩道橋から地下線入口



上諸江 かみもろえ 片面ホーム
 
 駅近くに平和堂を核店舗とするアルプラザ金沢がある。休日の駅利用者は内灘方面からアルプラザ金沢への買い物客が多い。


ホームのほとんどに上屋

上諸江駅を発車した8900系内灘行き

上諸江駅付近の浅野川



磯部 いそべ 片面ホーム
 
 駅から堤防道路へ上がると磯部町への橋が架かっている。橋の上から浅野川を泳ぐ鯉や水鳥の姿が見られた。諸江町は住宅地や
商業地になっているが、磯部町は緑が多く国道8号線沿いに城北運動公園があり、金沢市民球場や、市民サッカー場がある。駅か
ら直線距離で約1km。


短い上屋のみのホーム

発車した8800系内灘行き

磯部駅付近の浅野川



割出 わりだし 片面ホーム
 
 ホームの前に浅野川中学校がある。北陸鉄道の本社は割出町にあるが、駅のある場所は諸江町で北陸鉄道の本社まで1km以上あ
る。割出駅は日本国内すべての駅を50音順に並べたとき1番最後になるらしい。


上屋と待合室があるホーム

金沢市立浅野川中学校

割出駅付近の浅野川



三口 みつくち 片面ホーム
 
 駅の東側はすぐに浅野川の堤防になっており堤防上を内灘町粟崎と金沢市安江町を結ぶ県道200号線が通っている。駅周辺は
住宅地になっているが浅野川線の利用者は少なく駐輪場や駐車場は未設置。


片面ホームに待合室の三口駅

到着する8800系北鉄金沢行き

三口駅付近の浅野川



三ツ屋 みつや 相対式ホーム
 
 
この駅は線名の由来になっている浅野川に最も近く駅のすぐ横が堤防になっている。現在、浅野川線唯一の行き違い可能駅で早
朝と深夜以外はすべてここで行き違いが行われる。交換は北鉄金沢行きが先着し、内灘行きが到着すると同時に北鉄金沢行きが発
車する。ホーム上には上屋が設けられている。北鉄金沢方面のホームには待合室も設けられている。駅の構内踏切は警報機のみで
遮断機はない。この踏切は住宅地と浅野川堤防道路の間にあり高校生が自転車を引いて通る。春の堤防道路から見た浅野川は河原
に花が咲いて綺麗。


浅野川線唯一の行き違い可能駅

三ツ屋駅での列車行き違い

三ツ屋駅付近の浅野川



大河端 おこばた 片面ホーム
 
 駅の東側はすぐに浅野川の堤防になっており堤防上を内灘町粟崎と金沢市安江町を結ぶ道路が通っている。かつては県道200
号線だったが、現在200号線は割出駅付近から別ルートになっている。このあたりの春の浅野川の風景は綺麗。利用者が少なく
敷地はあるが駐輪場は設置されてない。


片面ホームに待合室の大河端駅

発車した8900系北鉄金沢行き

大河端駅付近の浅野川



北間 きたま 片面ホーム
 
 ここで浅野川から200mくらい離れる。浅野川線の駅間距離は路面電車並だが、蚊爪駅と北間駅の間は特に短く約400mし
かない。カーブになっているためホームから互いの駅を見ることはできない。
 駅の浅野川側に浅野川小学校とかたつ保育園がある。


片面ホームに待合室の北間駅

北間駅を発車した内灘行き

北間駅から浅野川小学校



蚊瓜 かがつめ 片面ホーム
 
 片面ホームの無人駅で金沢側に駐輪場が設置されている。ホームはほぼ真っ直ぐだが、ホームの両側は急曲線になっている。
浅野川線の駅間距離は路面電車並に短い。この駅から浅野川と別れ北西に進路をとり内灘へ向かう。


片面ホームに待合室の蚊爪駅

到着する8900系北鉄金沢行き

臨港線の須崎町踏切り



粟ヶ崎 あわがさき 片面ホーム
 
 片面ホームの無人駅でホームの金沢側端が大野川橋梁に繋がる。大野川橋梁は浅野川線の撮影ポイントとして有名で、時速15
km制限のためシャッターチャンスを逃すこともない。
 大野川橋梁に平行する機具橋から河北潟側に金沢医科大学とその付属病院、清湖大橋、はるかに斜張橋の内灘大橋の2つの塔が
見える。
 大野川は河北潟の放水路で浅野川は駅より約1km上流で大野川に合流する。
1968年に河北潟を浸水から守るため河北潟放水
路が建設されたが、これにより内灘町が南北に分断された。それを解消するために斜張橋の内灘大橋が2001年に開通した。現
在は県道8号線に橋が架けられ迂回する内灘大橋を通る必要はなくなった。


片面ホームに待合室の粟ヶ崎駅

発車した8900系北鉄金沢行き

機具橋と大野川橋梁



内灘 うちなだ 片面ホーム  駅員配置

 この内灘駅は南北に長い内灘町の南外れに位置し、周りは新興住宅地に埋め尽くされている。1970(昭45)年頃は町外れで
住宅はほとんど無く駅から砂丘の砂防林を見ることができた。駅が町外れにあるのは浅野川電鉄が金沢市と粟ケ崎に作った遊園地
を結ぶ鉄道だったからである。


内灘駅舎

到着した8900系

内灘駅バスターミナル