2011/03/02 更新
  

 万葉線は高岡駅前−六渡寺間の軌道線と六渡寺−越ノ潟間の鉄道線に分けられるが歴史的にも2つに分けること
ができる。鉄道線部分は、富山から北へ向かい四方(よかた)へ出て、富山湾沿いに西へ新湊までの軌道を敷設、沿
線旅客および海産物、米穀等を輸送する目的で、1922(大正11)年12月26日に射水電気軌道鰍フ名称で、
軌道法に基づく免許を取得した。1923(大正12)年2月に越中電気軌道鰍ニして創立、1924(大正13)年
10月12日に富山北口−四方間6.1kmが開通した。
 1926(大正15)年7月21日には富山北口−聯隊橋間(現富山大橋)と四方−打出浜間を延長。聯隊橋では富
山市電(市営)に接続して郊外線的機能を伸ばし、打出浜には海水浴場を開いた。しかし業績は芳しくなく、地方鉄
道補助法の適用を受けるべく1926年軌道を鉄道に変更し、1927(昭和2)年2月をもって社名も越中鉄道
と改めた。
 1929(昭和4)年より打出浜より西の延長工事が少しずつ開通していき、1933(昭和8)年12月25日に
聯隊橋(新富山)−新伏木口(現六渡寺)まで
19.9kmが全通した。その後、富山県西海岸の基幹交通として活躍し
てきた。
 一方軌道区間は、戦時中伏木・新湊方面への工場従業員輸送のために、富山地方鉄道の手によって着工されたが
開通したのは戦後の1948(昭和23)年である。この時開通したのは地鉄高岡−伏木港間
7.3kmで高伏線と呼
ばれていた。
 車輌は日立電鉄などから四輪単車を譲り受け使用した。戦後の物資が不足する時期だったのでレールは全国から
かき集められ、外国製のレールも混じっていた。レールの高さも色々で枕木でレールの高さを調整した。
 さらに1951(昭和26)年に湶町(広小路)−米島口間が複線化されると同時に米島口−新湊間が開通し射水線
と接続し、富山−高岡間が繋がった。その後、1959(昭和34)年4月に加越能鉄道が地鉄高岡−新湊間を譲り
受けた。同時に地鉄高岡を新高岡と改称し電停の位置も現在の場所に移動した。


港口切断前の越の潟−堀岡間を走るデ5010形2連

高岡市片原町で行き違い待ちをするデ5031

高岡駅前にあった新高岡駅

高伏線城光寺橋を走新高岡行き

庄川橋梁を渡る5010形

坂下町を走る地鉄バスとデ5003とトヨペットクラウンタクシー

坂下町を走るデ5031


 1966(昭和41)年、富山新港の築港のため、富山地方鉄道射水線の越ノ潟−堀岡間が切断されることになり
この間はフェリーで連絡する事になった。高岡側に残る射水線の越ノ潟−新湊間 4.9kmは加越能鉄道に譲渡され
新湊線となった。
 昭和40年代後半になるとモータリゼーションの影響が大きくなり、全国各地で地方鉄道・軌道が廃止されてい
った。高岡軌道線のうち、伏木線と呼んでいた米島口−伏木港間
2.9kmも、道路交通の邪魔という理由で廃止さ
れた。廃止は1971(昭和46)年8月31日。
 さらに射水線は港口切断の影響もあって切断直後の1967(昭和42)年には一日の平均輸送人員が9600人
であったが、1970(昭和45)年には7500人となり営業係数も210となり、富山地方鉄道は射水線の廃止
を決定したが、猛烈な反対運動が起こり、国、県、富山市、新湊市の欠損補助を受け運行されたが、輸送人員が増
えることもなく、遂に1980(昭和55)年3月31日に廃止となった。


高伏線の城光寺橋を渡るデ5024伏木港行き

矢田電停で行き違いするデ7053とデ5024

串岡電停付近を走るデ7051伏木港行き

射水線は通勤・通学時間帯4連で走った。
写真提供 鉄道友の会 小倉氏  富山レールクラブ 大橋氏、草島氏


 加越能鉄道に残った区間も状況は同じであったが、国、県、高岡市、新湊市の欠損補助を受け、加越能鉄道の経
営努力もあって存続した。1993(平成5)年国が全国の私鉄に行っていた欠損補助の対象を10社から5社へ変
更したが加越能鉄道は5社に残った。その後1995年に欠損補助が打ちきりとなり、存廃の危機となったが富山
県、高岡市、新湊市の欠損補助により運行が続けられたが、欠損補助による運行のため十分な保全ができず設備が
老朽化し、加越能鉄道は現状での存続は困難としてバス代替を打ち出した。この時から万葉線存続問題が発生し、
が、存続への賛否両論が飛び交ったが、市民団体RACDA高岡の活動もあって存続することに決まり、2002
(平成14)年3月31日をもって加越能鉄道での営業はは廃止となり、4月1日より第3セクターの万葉線株式会
社が経営を引き継いで現在に至っている。


庄川橋梁を渡るデ7052

中新湊へ到着するデ7074

デ7062 高岡駅前

2002年3月米島口を走る7061

2002年3月新能町を走る7074

2002年3月31日加越能最終電車

2002年4月万葉線(株)開業

広小路電停での行き違い

六渡寺駅での行き違い


 残った万葉線は高岡駅前−越ノ潟間12.8km を41分で結んでいる。2003年12月には冷房付きの新型低
床車両MLRV1000形が入線し新しい時代の幕開けとなった。MLRV1000形は2004年、2006年
2007年にも1両ずつ導入され、2009年に2両が導入されて6両となった。7070形も2両が冷房化改造
され、万葉線の冷房化が完了した。7070形は導入から42年経過して老朽化しているため、今後すべてMLR
V1000形に入れ替える予定になっている。
 電停や駅の改良は2010年12月の米島口を最後に完了したが、道路が狭く安全島を設置できない、片原町、
新吉久、吉久の3駅が残っている。


積み降ろしを待つMLRV1005A車体

先に搬入されたMLRV1006 左はMLRV1004

2003年12月 1号車導入

2004年 2号車導入 庄川鉄橋

2006年 3号車導入 中伏木駅

2007年3月 4号車導入 米島口

デ7071 2004年9月 高岡駅前

デ7073 2005年10月 庄川橋梁