のと鉄道は2005(平成17)年3月31日で能登線(穴水−蛸島間)の廃止を決定した。そんな訳で1度も乗った
事のない、のと鉄道に全線乗車することにした。北陸の駅には「のと鉄道」の駅も登場しているが、すべて車での取
材であり、国鉄時代も含めて、のと鉄道の路線には乗ったことがなかった。
 私は富山県の射水市に住んでいるが能登へは氷見経由で七尾へ出るのが早く、もし、のと鉄道に乗車するのなら能
登中島駅の駐車場に車を止めて乗ることを考えていた。七尾線も利用することは、ほとんどなく、父の出身地の宇ノ
気までは小学生の頃に何度か乗ったことはあるが、全線を乗車するのは今回が初めてとなる。格安のお座敷列車の旅
が企画されたので、これに参加することにした。
 2004(平成16)年8月7日、小杉駅発9時46分発の428Mで七尾線の乗換駅津幡を目指すことにした。
この日の428Mは413系3両編成で、車内で所属する「富山レールクラブ」のメンバー8人と一緒になる。
 石動駅では特急「しらさぎ6号」の追い越しで7分間停車する。10時24分に津幡駅到着下車、乗り換える83
9M七尾行きまで少し時間があるので青春18切符で乗車した人は改札を出た。私は津幡駅を撮影した。


津幡を発車した428M福井行き

終着七尾に到着した839M

七尾駅へ到着する134D


 839Mは415系3両編成で、ほぼ座席が埋まるくらいの混み具合だった。免田で844Mと交換、能登部で8
46Mと交換した。いずれも415系3連で金沢行きは大部混み合っていて立っている人も多い。七尾に到着する頃
には乗客も座席定員の3分の1くらいになった。11時56分定刻通り七尾に到着。七尾駅の留置線には415系3
連と413系3連が止まっていた。お座敷列車の発車まで1時間あるので七尾駅と駅周辺を撮影する。
 お座敷列車は何組かの鉄道ファングループが共同で貸し切った「のと鉄道お座敷列車オフ」で豪華な弁当とビール
が付いて会費4000円という格安である。のと鉄道のお座敷列車の貸切料は1列車50000円で30人くらい乗
ったのでこの値段になった。
 七尾−和倉温泉間はJR西日本が第1種鉄道となっているが、JRは特急列車のみが和倉温泉まで乗り入れ、普通
列車はすべてのと鉄道の車両である。のと鉄道の七尾駅ホームは1番線の和倉温泉側を切り欠きして作られている。
七尾駅、和倉温泉駅とも、のと鉄道は無人駅で「のと鉄道利用の方は自由にお通り下さい」の看板が改札口に掛けら
れている。和倉温泉駅では特急列車の車掌が改札を行う。
 12時38分先頭にお座敷列車を連結した134Dが3連で七尾駅の切り欠きホームへ到着した。マイカーで参加
の人は穴水からの乗車なので、すでに15人くらいが乗っていた。停車中に弁当とビールが配られ、発車と同時に乾
杯し昼食となった。12時54分135Dに連結して穴水へ向かう。昼食が終わった頃、列車は穴水に到着。135
Dは穴水止まりなので、定期列車2両は切り離された。
 ここで初めて気が付いたが先頭のNT103は真っ黒に塗装された車両だった。側面には「NOTO−EXPRE
SS」の文字が大きく描かれている。1両となったお座敷列車はNT127「やすらぎ」で珠洲までは臨時列車とし
て運行される。


JR七尾駅改札口

七尾駅前

2011年の同じ場所

乾杯するレールクラブの面々

留置線へ引き上げたNT103

お座敷列車「やすらぎ」NT127


 穴水で25分停車して14時丁度に発車。中居、比良を通過して七尾から平行して走ってきた国道249号線に別
れを告げ、長い川尻トンネルを抜け、山の中の鹿波を通過して甲で再び海辺へ出る。甲では保存されている郵便車オ
ユ10形を見学するために16分停車する。ペンキを塗り替えられているが外板の状態は悪い。能登線廃線後どうな
るのか。14時35分海沿いの集落にある甲駅を発車する。甲から鵜川までの県道は1車線しかなく、廃線後が心配
な区間である。鵜川で再び国道249号線に合流する。


甲駅の駅名表示板

甲駅に到着したNT127臨時列車

甲駅に保存されているオユ10形


 鵜川からは国道249号線と平行して海沿いを走る。このあたりは小さな漁港が点在する。鉄道雑誌などでよく紹
介される区間である。矢波で8分間停車して海沿いの風景を撮影する。鵜川から宇出津まではすべて片面ホームの駅
で行き違い可能駅はない。15時10分、宇出津で定期列車の222D七尾行きと行き違いする。宇出津で国道24
9号線と別れ、海岸沿いの県道6号能都内浦線に沿って走る。


矢波駅からの風景

波並駅の前の小さな漁港

鵜川駅の駅名表示板


 15時30分松波に到着する。松波駅は山の中の高台にあるが内浦町の中心に近く、急行「能登路」も停車してい
た。この日は復活運行された臨時急行「能登路」とここで行き違いする。能登路と行き違い、撮影のため13分停車
する。臨時急行「能登路」は
「のと鉄道」の穴水−蛸島間が2005(平成17)年3月末で廃止されるのを前に、J
R西日本が7月31日と8月1、7、8日の4日間限定で、1966
(平成17)年から2002(平成14)年まで金
沢−珠洲間を結んだ急行能登路を復活運転したもので、復活列車はキハ58596+キハ282119の2両編成で
車両はJR西日本松任工場で国鉄時代の急行色(クリーム色に赤のライン)に塗り直されたばかりピカピカの車両が使
用された。8時8分に金沢を出発し、12時11分に珠洲着。帰りは15時26分珠洲発で、18時41分金沢着で
運行された。


急行「能登路」を待ちかまえる参加者

松波駅へ到着する急行「能登路」

松波駅に停車中の急行「能登路」


 15時52分鵜飼停車。ここで景勝地見附島と七夕祭りを見学する人は下車する事になっていたが誰も降りなかっ
た。16時1分珠洲に到着。しばらくして珠洲−蛸島間の回送列車のような317Dが同じホームに2両で入線し、
お座敷列車と連結する。のと鉄道のNT100形はセミクロスシート車であるが、先頭のNT133はロングシート
車だった。冷房の吹き出し口もロングシート用になっている。珠洲−蛸島間はタブレット閉塞区間らしく、駅員がタ
ブレットを持って運転席へと歩いて行く。タブレットホルダーに付いている輪っかは国鉄の物と比べると小さい。


NT133を先頭に入線する317D

NT133の車内

タブレットを持って運転席へ


 珠洲を5分遅れて16時16分発車、蛸島には16時31分に到着する。終点蛸島駅の見学が5分間と短くなって
しまった。定期列車317Dから降りた乗客もほとんどが見納めにやって来た鉄道ファンだった。今まで蛸島駅は駅
舎のない駅だと思っていたが駅舎があり売店もあった。売店では、ここを訪れた記念の木片の証明書が発売されてい
た。ホームの前は一面水田が広がっている。線路はホームの先約50mで草むらで途切れ車止めも見あたらない。近
寄って見ると車止めが草むらから姿を見せた。


売店もある蛸島駅舎

ホームの先の行き止まり

水田の中の蛸島駅ホーム


 317D折り返しの146D七尾行きは定刻通り16時26分蛸島駅を3両編成で発車する。今度は定期列車に連
結のため、各駅に停車して行く。往路では見ることのできなかった駅の様子がよく見える。島式ホームの九十九湾小
木で139D行き違いする。
 ここの行き違い設備は一時期廃止されていたが、のと鉄道転換時に復活された。甲駅で141Dと行き違いする。
穴水では穴水止まりの143Dの到着を待つため13分停車する。ここでマイカー組と穴水宿泊者が下車して車内は
15人くらいとなった。19時8分、あたりが暗くなった七尾駅のと鉄道ホームに無事到着。七尾から19時29分
発の866Mで津幡へ、津幡からは21時10分発の461Mで小杉へと戻った。列車に乗り通しの1日だった。


高台の恋路駅からの風景

九十九湾小木駅前

七尾駅のと鉄道ホーム